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わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説

●補気剤(ほきざい)について

補気剤とは気を補う漢方薬のことであり、気虚の改善にもちいられます。補気剤を構成する生薬にはそれ自体に気を補う力がある補気薬(ほきやく)と脾(ひ)の状態、つまりは消化器の状態を改善する補脾薬(ほひやく)が中心となります。さらに補った気の巡りを改善する理気薬(りきやく)、脾に停滞する水湿(すいしつ)を除く利水薬(りすいやく)などから補気剤は構成されます。


代表的な補気薬としては人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)、白朮(びゃくじゅつ)、甘草(かんぞう)が挙げられます。補脾薬には山薬(さんやく)、大棗(たいそう)、茯苓(ぶくりょう)、蓮肉(れんにく)、膠飴(こうい)、粳米(こうべい)、薏苡仁(よくいにん)などが含まれます。特に人参は補気作用がとても優れており、補気剤の中心として活躍します。人参はしばしば薬用人参、朝鮮人参、高麗人参、御種人参、白参などとも呼ばれることがあります。なお、漢方薬としてもちいられる人参とスーパーなどで販売しているオレンジ色の人参は基原が異なるまったくの別物です。


ここまで補気薬と補脾薬を区別してきましたが、現実的には両者に明確な一線があるわけではなく、しばしば両者を含めて「補気薬」とされることもあります。くわえて白朮、茯苓、黄耆は利水薬としても機能します。


有名な補気剤としては補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、六君子湯(りっくんしとう)、啓脾湯(けいひとう)、黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)などが代表的です。これら補気剤の多くは四君子湯(しくんしとう)という漢方薬がベースになっています。次節からはより具体的に補気剤の解説を行ってゆきます。


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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

四君子湯(しくんしとう)

四君子湯の出典


和剤局方


四君子湯の構成生薬


人参3-4、白朮3-4(蒼朮も可)、茯苓4、甘草1-2、生姜0.5-1、大棗1-2


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


四君子湯の効能・効果


体力虚弱で、痩せて顔色が悪くて、食欲がなく、疲れやすいものの次の諸症: 胃腸虚弱、慢性胃炎、胃のもたれ、嘔吐、下痢、夜尿症


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


四君子湯の処方解説


四君子湯は最も基本的な補気剤であり、多くの補気剤は四君子湯がベースになっています。したがって、四君子湯の効能・効果はほぼ気の不足した状態である気虚(ききょ)、特に消化器が弱っている脾胃気虚(ひいききょ)による症状そのものと考えて良いでしょう。


四君子湯自体は非常に歴史的価値がある漢方薬ですが、実際にもちいられることは少なく、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、六君子湯(りっくんしとう)、啓脾湯(けいひとう)、参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)などが現場レベルでは繁用されています。


四君子湯という名前が示すとおり、もともと四君子湯の構成生薬は人参、白朮、茯苓、甘草の4つでした。そこに生姜と大棗が加わり、今日の6つの生薬から構成される四君子湯になりました。生姜はショウガであり、大棗はナツメの実のことです。これらは食品でもあり、大昔は四君子湯を煎じるときに患者の家から治療者が拝借していたのでカウントされず、四君子湯の名前が残ったと言われています。


上記でも述べた通り、四君子湯(特にオリジナルの4つの生薬からなる四君子湯)は補気剤の核になる存在です。他の漢方薬の構成生薬を見たときに人参、白朮、茯苓、甘草が含まれている場合は「この漢方薬には気を補う力がある」という判断材料にもなります。そういった点からも四君子湯とその構成生薬は重要な意味を持っています。


四君子湯における補足


四君子湯は食欲不振や胃もたれといった幅広い消化器系の症状に対応できます。その一方で脾胃に生じている熱を鎮めるような生薬、つまりは炎症を抑えるような生薬は含まれていません。


もし胃痛、吐気、口臭、口内炎などがみられる場合は脾胃の熱を鎮める半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)、黄連湯(おうれんとう)といった清熱作用を持つ漢方薬を検討するのがより良いでしょう。

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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

六君子湯(りっくんしとう)

六君子湯の出典


医学正伝


六君子湯の構成生薬


人参2-4、白朮3-4(蒼朮も可)、茯苓3-4、半夏3-4、陳皮2-4、大棗2、甘草1-1.5、 生姜0.5-1(ヒネショウガを使用する場合1-2)


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


六君子湯の効能・効果


体力中等度以下で、胃腸が弱く、食欲がなく、みぞおちがつかえ、疲れやすく、貧血性で手足が冷えやすいものの次の諸症: 胃炎、胃腸虚弱、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


六君子湯の処方解説


六君子湯は補気剤の基本処方である四君子湯(しくんしとう)から派生した漢方薬と解釈できます。具体的には四君子湯に半夏と陳皮という2つの生薬が加わったものが六君子湯です。半夏は生姜と協力して吐気や嘔吐を鎮め、陳皮は気の巡りを改善することで脾胃(漢方における消化器のことです)の負担を軽減します。


したがって、六君子湯は食欲の低下、胃もたれ、軟便といった胃腸虚弱の症状に加えて特に吐気や嘔吐が目立つケースに適した漢方薬といえます。やや専門的になりますが、暴飲暴食や精神的ストレスなどによって脾胃の力が低下すると、飲食物を代謝するはたらきが弱まり、病的産物である水湿(すいしつ)や痰飲(たんいん)が生じやすくなります。これらが蓄積してくると脾胃の機能がより低下してしまう負の循環に陥ってしまいます。この状態を改善するのが六君子湯なのです。


六君子湯は脾胃気虚(ひいききょ)や水湿証という消化器が陥りやすい病態を改善する能力が高い漢方薬です。したがって、非常に幅広い消化器のトラブルに対応することができる優秀な漢方薬といえます。六君子湯が実践的で完成度の高い漢方薬であるために、四君子湯がもちいられるケースが少ないともいえます。


六君子湯における補足


六君子湯は四君子湯に半夏と陳皮を加えた処方ですが、四君子湯と二陳湯(にちんとう)を合わせた漢方薬とも解釈できます。二陳湯は半夏、陳皮、生姜、茯苓、甘草から構成される漢方薬であり、半夏と陳皮以外は四君子湯と共通しています。二陳湯は痰飲や水湿を除く基本的な処方でもあり、この視点からも六君子湯が補気+去痰・利水の効能が付加されたものと解釈できます。


しばしば、六君子湯は同じ補気剤の補中益気湯(ほちゅうえっきとう)と比較されることがあります。大まかには食欲不振や吐気といった消化器系症状が顕著な場合は六君子湯、消化器の不調よりも疲労感や重だるさが強い場合は補中益気湯が適しています。四君子湯との判断の場合は舌がむくみ、白い苔が目立つ場合は水湿があると判断して六君子湯が優先されます。

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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

補中益気湯(ほちゅうえっきとう)

補中益気湯の出典


脾胃論


補中益気湯の構成生薬


人参3-4、白朮3-4(蒼朮も可)、黄耆3-4.5、当帰3、陳皮2-3、大棗1.5-3、柴胡12、甘草1-2、生姜0.5、升麻0.5-2


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


補中益気湯の効能・効果


体力虚弱で、元気がなく、胃腸のはたらきが衰えて、疲れやすいものの次の諸症:虚弱体質、疲労倦怠、病後・術後の衰弱、食欲不振、ねあせ、感冒


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


補中益気湯の処方解説


補中益気湯は最も有名な補気剤といってもオーバーではない漢方薬です。別名が医王湯(いおうとう)という点からもその有用性がわかります。補中益気湯もまた補気剤の基礎といえる四君子湯(しくんしとう)がベースになっている点は他の補気剤、具体的には六君子湯(りっくんしとう)、参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)、啓脾湯(けいひとう)などと共通しています。


補中益気湯の特徴は3つ挙げられます。最初の特徴は補気作用を持つ生薬である黄耆が含まれている点。次に補血作用を持つ生薬である当帰を含む点。そして昇提(しょうてい)作用を持つ柴胡と升麻を含む点です。これらのポイントは他の補気剤にはあまり見られない、補中益気湯の個性を発揮させている源といえます。


黄耆は人参にならぶ優れた補気を持つ代表的な生薬です。そのため多くの専門書において補気薬を調べると人参の次に登場するのはこの黄耆です(ちなみに黄耆の次は白朮や甘草が多いです)。黄耆は気を補うことで気虚(ききょ)による止まらない汗、回復の遅い皮膚トラブル、そしてむくみの改善も期待できます。


続いて当帰は補気ではなく補血作用を持つ生薬です。血は気から生まれ、気もまた血に生まれ変わることができます。したがって、慢性的な気虚は結果的に血の不足である血虚(けっきょ)に陥ってしまいます。補中益気湯に含まれる当帰は気虚から血虚に陥った状態、または陥る前の状態で血を補ってくれるのです。


当帰によって血が満たされれば、その一部が気に生まれ変わります。したがって、補気剤に少量の補血薬をトッピングのように含めると治療効果がグッと向上します。当帰は血を補うだけではなく、血の巡りも改善してくれますので幅広い血のトラブルにもちいられます。


最後の柴胡と升麻ですが、これらは協同で昇提作用を発揮します(厳密には人参も昇提作用に関与しています)。柴胡と升麻の持つ升提作用とは気の低下によって起こった「落っこちている状態を引き上げる作用」といえます。具体的な「落っこちている状態」とは胃下垂、脱肛、子宮下垂、さらには慢性的な下痢などであり、補中益気湯はこれらの症状も改善します。


他にも柴胡と升麻は外邪(がいじゃ)を追い払う、つまり今日における感染症を起こすウイルスや細菌を追い払う作用もあります。したがって、日頃から体力がなくカゼを引きやすいような方にも補中益気湯は適しています。


補中益気湯における補足


補中益気湯をもちいる上でのポイントは疲労感が顕著な点です。一方で疲労感にくわえて食欲不振や吐気・嘔吐がよりつらい方には六君子湯が勧められます。六君子湯には鎮吐作用に優れた半夏と生姜のペアが含まれているのがその理由です。さらに消化器の弱い方はまれに補中益気湯に含まれている当帰で胃もたれを起こすこともあるので、六君子湯の方が無難といえます。


疲労感があり、なおかつ下痢や軟便を中心とした消化器系のトラブルが目立つ場合は参苓白朮散や啓脾湯がより適しています。この2つの漢方薬は四君子湯をベースに止瀉(ししゃ)作用、つまり水分の代謝を促進して下痢を鎮める生薬がより多く含まれているからです。

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啓脾湯(けいひとう)

啓脾湯の出典


万病回春


啓脾湯の構成生薬


人参3、白朮3-4(蒼朮も可)、茯苓3-4、蓮肉3、山薬3、山査子2、陳皮2、沢瀉2、大棗1、生姜1(ヒネショウガを使用する場合3)、甘草1 (大棗、生姜はなくても可)


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


啓脾湯の効能・効果


体力虚弱で、痩せて顔色が悪く、食欲がなく、下痢の傾向があるものの次の諸症:胃腸虚弱、慢性胃腸炎、消化不良、下痢


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


啓脾湯の処方解説


啓脾湯の構成生薬を見ると四君子湯(しくんしとう)を構成している人参、白朮、茯苓、甘草、大棗、生姜がそのまま含まれていることがわかります。つまり、啓脾湯は四君子湯に沢瀉、山薬、蓮肉、陳皮、山査子をくわえた処方と考えることができます。もともとは小児の下痢を中心とした消化器のトラブルを改善する処方でしたが、大人にも有効です。


四君子湯は食欲不振や疲労感といった脾胃気虚(ひいききょ)の状態を改善する基本処方であることから、啓脾湯も消化器の状態を整えて体力を向上させる漢方薬であることがわかります。さらに追加されている5つの生薬もすべて消化器に優しいものであり、沢瀉、山薬、蓮肉はそれぞれ下痢を改善するはたらきを持っています。陳皮は腹部の不快な張り感を除いたり、山査子は消化を助けます。


したがって、啓脾湯は消化器の不調や体力の低下を改善する力があり、そのなかでも特に下痢が目立つ方に適した漢方薬といえます。全体的に身体を温める生薬が多いので、もともと冷え性(冷え症)があり、さらにお腹を冷やしてしまうと悪化するような下痢や軟便を目標にしてしばしば使用されます。


啓脾湯における補足


啓脾湯の他に脾胃気虚を改善する漢方薬は補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、六君子湯(りっくんしとう)、参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)などが代表的です。これらはすべて上記でも登場した四君子湯がベースとなっている処方です。したがって、どの処方もおおむね食欲不振、胃もたれ、疲れやすさ、身体の重だるさ、食後の眠気、食べても太れないといった脾胃気虚の状態を改善する力を持っています。


その一方で吐気や嘔吐もあるなら六君子湯、消化器の症状以上に疲労感や重だるさが顕著なら補中益気湯がより適しています。参苓白朮散はほぼ啓脾湯と同じ薬効です。あえて差を挙げるなら口の中や唇の乾燥感、少し食べただけで腹部が張る、手足のほてり感があるといった脾陰虚(ひいんきょ)と呼ばれる症状がある場合はより参苓白朮散が適しています。


正直、補中益気湯や六君子湯と比較すると知名度では劣っている印象の啓脾湯ですが、とても優秀な処方です。胃腸が弱くてやせていて、頻繁に下痢になってしまう虚弱体質の方は少なくありません。そのような方に啓脾湯は最適です。その他にも1日に何回も水っぽい下痢が起こるような潰瘍性大腸炎やクローン病の方にも有効です。

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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

●補血剤(ほけつざい)について

補血剤(ほけつざい)とは血を補う漢方薬のことであり、血虚の改善にもちいられます。補血剤を構成する生薬は主に血を補う補血薬(ほけつやく)、補われた血を身体に巡らす活血薬(かっけつやく)、血の原料にもなる気を補う補気薬(ほきやく)などです。補血薬以外の性格を持つ生薬が組み合わされることで、補血剤の対応範囲が広がり実用性も向上します。


代表的な補血薬には地黄(じおう)、芍薬(しゃくやく)、当帰(とうき)、阿膠(あきょう)、酸棗仁(さんそうにん)、竜眼肉(りゅうがんにく)、小麦(しょうばく)などが挙げられます。前者の地黄、芍薬、当帰などは厳密には肝の血を補い、後者の酸棗仁、竜眼肉、小麦などは心の血を補います。基本的に肝血を補うことは栄養状態を改善することに繋がり、心血を補うことは精神状態の安定化に貢献します。


有名な補血剤には四物湯(しもつとう)、芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)、七物降下湯(しちもつこうかとう)、当帰飲子(とうきいんし)、さらに酸棗仁湯(さんそうにんとう)、甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)などが挙げられます。


特に四物湯は他の補血剤の骨格となったり、他の漢方薬に補血作用を付加する目的でも活躍します。具体的には加味逍遥散合四物湯(かみしょうようさんごうしもつとう)や猪苓湯合四物湯(ちょれいとうごうしもつとう)、名前に「四物湯」は入っていませんが黄連解毒湯(おうれんげどくとう)に四物湯を合わせた温清飲(うんせいいん)などが有名です。


四物湯、芎帰膠艾湯、七物降下湯、当帰飲子は肝血を補う生薬をより豊富に含んでいるので体力を改善したり、身体に潤いをもたせることを得意としています。一方の酸棗仁湯、甘麦大棗湯は心血を補う生薬が中心となっているので、情緒不安定や不眠を改善します。

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四物湯(しもつとう)

四物湯の出典


和剤局方


四物湯の構成生薬


当帰3-5、芍薬3-5、川芎3-5、地黄3-5


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


四物湯の効能・効果


体力虚弱で、冷え症で皮膚が乾燥、色つやの悪い体質で胃腸障害のないものの次の諸症:月経不順、月経異常、更年期障害、血の道症、冷え症、しもやけ、しみ、貧血、産後あるいは流産後の疲労回復


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


四物湯の処方解説


四物湯は最も基本的な補血剤であり、多くの補血剤の「基礎骨格」となっている漢方薬です。そのため、四物湯は「治血の要剤」とも呼ばれます。学術的には極めて重要な処方ですが、実践の場において四物湯が単独で使用されることはあまりありません。この点は補気剤(ほきざい)の基礎となる四君子湯(しくんしとう)も単独で使用されることは少ないのと似ています。


単独で使用されることが少ない理由としては四物湯がターゲットになるような血虚(けっきょ)の方は、血虚以外に気虚(ききょ)や血虚からさらに派生した症状が現れていることが多く、四物湯だけでは対応が難しいからです。


四物湯は代表的な補血剤ですが、血を補うだけではなく強くはないですが血を巡らす活血(かっけつ)作用も持っています。これは補うだけではなく、適度に流してあげないとプラスされた血が停滞してしまうからです。この考え方は気や津液(しんえき)にも当てはまります。


四物湯を構成する生薬のうち「地黄>芍薬>当帰」の順で補血作用を発揮し、活血作用については「川芎>当帰>芍薬」の順で優れています(地黄に活血作用はなく、川芎に補血作用はない)。結果としてバランスよく補血作用と活血作用を発揮できるのが四物湯の特徴といえます。


より細かく四物湯の構成生薬を見てゆくと、地黄は血を補い身体に潤いを与える力に優れています。芍薬も補血作用に秀でており、くわえて筋肉の硬直をやわらげるはたらきもあります。当帰は補血作用と活血作用を併せ持ち、生理不順や生理痛の改善に活躍します。そして、川芎の優れた活血作用は種々の痛みを取り除きます。


四物湯のカバーできる病態を理解することは血虚と瘀血の理解、つまり幅広い血の異常を知ることに繋がります。さらに進んで四物湯を構成する生薬のはたらきを覚えれば他の漢方薬でもおおよそどのような効果を発揮するのかわかるようになります。このような理由からも四物湯は重要な漢方薬といえます。


四物湯における補足


上記で述べた通り、四物湯は単独で使用されることはまずありません。主に他の漢方薬と合せて補血作用や活血作用を付加する役目を担っています。具体的には加味逍遥散合四物湯(かみしょうようさんごうしもつとう)、猪苓湯合四物湯(ちょれいとうごうしもつとう)、名前に「四物湯」は含まれませんが、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)と合せて温清飲(うんせいいん)などが代表的です。


その他にも芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、当帰飲子(とうきいんし)、七物降下湯(しちもつこうかとう)、疎経活血湯(そけいかっけつとう)、大防風湯(だいぼうふうとう)、芎帰調血飲第一加減(きゅうきちょうけついんだいいちかげん)などにも四物湯を構成する4つの生薬が含まれています。つまり、これらの漢方薬には程度の差はありますが補血作用と活血作用があるということになります。


4つの生薬をすべては含まない漢方薬、具体的には地黄を除いた芍薬、当帰、川芎を含む漢方薬も非常に多いです。具体的には当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、温経湯(うんけいとう)、五積散(ごしゃくさん)などです。地黄は胃もたれを起こしやすかったり、消化器のはたらきを弱めてしまう結果、津液の流れを滞らせてしまうことがあるので地黄抜きになったと考えられます。


消化器がデリケートな方に地黄を含む補血剤を使用する場合、四君子湯(しくんしとう)に含まれる人参や白朮といった胃腸に優しい生薬と一緒に服用することで消化器系のトラブルを回避することができます。具体的には四物湯に四君子湯を合わせた八珍湯(はっちんとう)、八珍湯に桂皮と黄耆をさらにくわえた十全大補湯が典型例といえます。

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芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)

芎帰膠艾湯の出典


金匱要略


芎帰膠艾湯の構成生薬


川芎3、甘草3、艾葉3、当帰4-4.5、芍薬4-4.5、地黄5-6、阿膠3


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


芎帰膠艾湯の効能・効果


体力中等度以下で、冷え症で、出血傾向があり胃腸障害のないものの次の諸症:痔出血、貧血、月経異常・月経過多・不正出血、皮下出血


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


芎帰膠艾湯の処方解説


芎帰膠艾湯の生薬構成は代表的な補血剤である四物湯(しもつとう)に阿膠、艾葉、甘草の3生薬を追加したものとなります(歴史的には芎帰膠艾湯の方が古いのですが…)。追加された阿膠と艾葉はともに止血効果を持つ生薬です。したがって、芎帰膠艾湯は血を補いつつ、補った血が漏れ出ないように止血する力も持つ漢方薬といえます。


阿膠は植物ではなく、ロバの皮を加工して作られたコラーゲンを主成分とする膠(にかわ)です。日本では中国と比較すると動物生薬の存在感が薄いですが、阿膠はそのなかでも日本でしばしば使用される動物生薬です。阿膠は止血作用にくわえて補血作用や身体に潤いを与える力もあります。


艾葉は草餅や草団子に使用される艾(よもぎ)であり、艾葉は加工されるとお灸で使用されるもぐさにもなります。最近では女性を中心に艾葉を蒸すことで発生する蒸気を浴びるよもぎ蒸しも流行しています。艾葉は阿膠と並ぶ有名な止血薬であり、身体を温める力にも秀でています。


芎帰膠艾湯は幅広い出血をともなう症状、特に女性器や肛門などの下半身を中心とした出血に使用されます。より具体的には血虚(けっきょ)が根底にあり疲労感、動悸や息切れ、顔色の青白さ、抜け毛、肌の乾燥や爪の荒れといった症状をともない、下半身から出血が起こっている方に適した漢方薬です。くわえて、補血と止血の他に艾葉を中心に安胎作用もあるので流産癖のある方の不育症治療にも応用できます。


芎帰膠艾湯における補足


芎帰膠艾湯は幅広い出血症状に使用できるとても優秀な漢方薬です。その一方でどのようなタイプの出血にも対応できるわけではありまえん。身体のなかの過剰な熱が暴走した結果として生じる出血、血熱(けつねつ)による出血には不向きです。


血熱が絡んだ出血の特徴としてはのぼせ感、眼の充血、顔面紅潮、口内炎、肌の発赤とかゆみ、イライラ感などのいかにも「熱っぽい症状」をともなう点です。血熱による出血は鼻血や喀血のように上半身に多い点も特徴的です。


血熱を鎮めるためには黄連解毒湯(おうれんげどくとう)や三黄瀉心湯(さんのうしゃしんとう)といった清熱剤と呼ばれるカテゴリーの漢方薬が適しています。出血が進行して血虚の症状も現れるようなら黄連解毒湯と四物湯を合わせた温清飲(うんせいいん)がより良いでしょう。

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当帰飲子(とうきいんし)

当帰飲子の出典


済生方


当帰飲子の構成生薬


当帰5、芍薬3、川芎3、蒺梨子3、防風3、地黄4、荊芥1.5、黄耆1.5、何首烏2、甘草1


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


当帰飲子の効能・効果


体力中等度以下で、冷え症で、皮膚が乾燥するものの次の諸症:湿疹・皮膚炎(分泌物の少ないもの)、かゆみ


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


当帰飲子の処方解説


当帰飲子は四物湯を構成する生薬(地黄、芍薬、当帰、川芎)に何首烏、蒺藜子、防風、荆芥、黄耆、甘草をくわえたものです。当帰飲子において四物湯の部分と何首烏が補血することで肌に潤いを与え、蒺藜子、防風、荆芥が痒みを抑えます。黄耆と甘草は気を補うことで四物湯の補血作用を側面から支援します。


当帰飲子はその補血作用の高さから、肌をみずみずしくする作用に秀でています。したがって、カサカサして粉を吹いているような乾燥肌の痒みにとても適しています。外気が乾燥する冬に痒みが悪化し、外見からはあまり異常が見られないような老人性皮膚掻痒症やアトピー性皮膚炎などに当帰飲子は最適です。


その一方で黄芩や黄連といった熱を鎮める生薬を含んでいないので、痒みや赤みの強い皮膚トラブルには向いていません。そのようなケースでは黄連解毒湯(おうれんげどくとう)、温清飲(うんせいいん)、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)などが適しています。


くわえて、蒼朮や麻黄のように水分代謝を促す生薬もないので、ジュクジュクとした湿疹にも不向きです。患部の湿性が目立つ場合は消風散(しょうふうさん)や越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)などが選択されます。


当帰飲子における補足


漢方(中医学)では血が不足すると肌が乾燥したり、髪や爪の荒れ、めまいやふらつき、疲労感、動悸なども起こりやすくなります。当帰飲子はその生薬構成から肌乾燥の症状に有効ですが、上記で挙げたそれ以外の症状にも効果があります。特に血虚(けっきょ)を基礎としためまいやふらつきに効果があります。

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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

七物降下湯(しちもつこうかとう)

七物降下湯の出典


本朝経験方(大塚敬節創作)


七物降下湯の構成生薬


当帰3-5、芍薬3-5、川芎3-5、地黄3-5、釣藤鈎3-4、黄耆2-3、黄柏2


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


七物降下湯の効能・効果


体力中等度以下で、顔色が悪くて疲れやすく、胃腸障害のないものの次の諸症:高血圧に伴う随伴症状(のぼせ、肩こり、耳なり、頭重)


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


七物降下湯の処方解説


七物降下湯は昭和を代表する漢方医である大塚敬節が生み出した漢方薬です。七物降下湯が生まれたきっかけは大塚先生自身の高血圧症による眼底出血や頭痛の治療のためでした。いくら既存の漢方薬を服用しても視界の狭まりなどの症状は治まらず、とうとう追い込まれた大塚先生は新しい漢方薬を生み出すことにしました。


四物湯の組み合わせである地黄、芍薬、当帰、川芎は止血の効果を狙って、黄柏は胃もたれ防止、黄耆は血圧降下、そして釣藤鈎は脳血管のけいれん防止を目的として配合されました。


大塚先生の起死回生の策は当り、その後は養生をしつつ失明や脳出血を起こすことも無く診察を続けたそうです。この経験から先生は七物降下湯を最低血圧の高い高血圧症患者で、体力のない方にもちいて大きな成果を挙げました。


よりくわしく構成を見てみると、七物降下湯は血虚(けっきょ)によって発生する内風(ないふう)を改善する処方であることがわかります。血虚を由来とする内風を血虚生風(けっきょせいふう)と呼びます。血虚生風とは血が不足したことで頭痛やふらつきといった頭部の症状が起こる病態です。


血虚生風の症状は特に身体や頭を動かしたときに起こりやすいという特徴があります。七物降下湯においては四物湯の部分が血虚を改善し、釣藤鈎が内風による頭痛やふらつきなどを鎮めます。黄耆は補気によって体力を向上し、黄柏は血虚によって発生した虚熱(きょねつ)由来のほてり感などを抑えることができます。


七物降下湯における補足


七物降下湯は創作された経緯から「高血圧症の漢方薬」として有名です。一方、血虚(けっきょ)があり、そこから発生した内風によるめまいや頭痛があるなら高血圧症ではない方、さらには低血圧の方が七物降下湯を服用しても問題はありません。この点が漢方薬の面白い点だと思います。


七物降下湯に含まれている四物湯を構成する生薬、特に地黄は胃腸に負担をかけやすいので消化器が弱い方だと胃もたれといった副作用が起こりやすくなります。そのような方には消化器の状態を整える六君子湯(りっくんしとう)などとの併用が考えられます。

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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

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