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わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説

第2章以降の標記方法について

これまで第1章では簡単に漢方医学や中医学の解説を行ってきました。今後は第2章以降の解説を行ってゆくうえでは基本的に中医学の理論をもとにしてお話をしてゆきたいと思います。その際、両医学を別のものとして分けて解説する時以外は「漢方医学(中医学)」「漢方(中医学)」と併記しますが、基本的には中医学ベースの内容とご理解頂ければと思います。


その理由として中医学の基礎理論は漢方医学と比較して理路整然と整理されており、解説が行いやすい点が挙げられます。同じ中国伝統医学を母とする中医学と漢方医学ですが、時間の経過とともに漢方医学は理論よりも実践を重んじる傾向を強くしました。


それによって漢方医学は中医学と比較して「習うより慣れろ」「Don't think. Feel.」的な要素が強いものとなりました。一方の中医学は国定の教科書が整備されるなど、漢方医学と比べれば基礎理論を中心に学習内容が整備もされています。


漢方医学を学ぶ上でも中医学的な基礎理論は決して役に立たないものではありません。むしろ、不足している部分を補完するためにも中医学における知識は不可欠とさえいえます。上記では歴史的に中医学と漢方医学は異なった医学と述べましたが「互換性」は少なからず存在します。ここからは私見になりますが近年、中医学が台頭している理由に学習の道筋がテキストの充実も含めて確立されている点は大きいと感じます。


さらに併記を行う理由に「中医学」という言葉が市民権を得ているとは言い難いという点もあります。一般の方や主に西洋医学に携わっている方にとって中医学という言葉はまだ身近なものとは言えないでしょう。


繰り返しになりますが、本ホームページでは基本的に中医学の理論に則って解説を進めてゆきます。同様に中医学の理論に従うなら治療薬のことを「方剤」とするべきですが、今後は基本的に「漢方薬」と標記してゆきます。どうぞ、これらの点をご理解の上で本サイトをご参考にして頂ければ幸いです。


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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

基礎理論が必要な理由と健康な身体

しばしば、漢方(中医学)を勉強し始めた方から「どうして古代中国人の考えた世界観などを知る必要があるのか?」という言葉を耳にします。ここで登場する「古代中国人の考えた世界観」とは主に漢方(中医学)における基礎理論の根幹となる陰陽論(いんようろん)や五行論(ごぎょうろん)などを用いて説明された世界の法則のことを指しています。


その他にも「瘀血(おけつ)は血栓のこと?」「漢方に登場する脾(ひ)と西洋医学の脾臓はなぜここまで違うのか…」といったように漢方医学(中医学)と西洋医学の概念が混同してしまい、理解が難しくなってしまうケースも散見されます。


自身の経験も含めておそらく、漢方(中医学)を勉強しようとしている方が最もつまずきやすいところがこの陰陽論、五行論、そして気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)に関連する気血津液論、五臓六腑(ごぞうろっぷ)に関連する臓象学説だと思います(超が付くほどの序盤なのですが…)。


たしかに漢方(中医学)の勉強を始めた直後に「天空や昼は陽であり、大地や夜は陰である…」「春は五行において木に属し…」などと説明されても「これがなんの役に立つんだ!?」「私は補中益気湯や大建中湯がどのような漢方薬なのか知りたいのに…」となってしまっても無理はありません。


基礎理論中の基礎理論である陰陽論や五行論などといった哲学的思想は中国において春秋時代から秦時代の頃にかけて生まれ、理論体系化されたといわれています。西暦にすると紀元前800年~前200年頃であり、日本においては縄文時代の末期です。今日から約2800年前に生み出された大昔の思想ということになります。


詳しい説明は後に行いますが、古代の中国人はその生活を通して、この宇宙に存在するすべての事柄は相対する陰と陽の2つに分けられるとする陰陽論、くわえてすべての事柄は木・火・土・金・水の5つの性質と相互関係を持っているという五行論を構築しました。


陰陽論と五行論という2つの古代哲学に共通するのは「この宇宙に存在するすべての事柄」を対象にしている点です。したがって、両理論は宇宙の運行、四季や気候の変化といった自然環境、そして私たち自身の身体にも適用される万物の理論なのです。この最後の部分、陰陽論と五行論は人体に対してもその法則性が当てはまるという点が漢方(中医学)を理解する上で不可欠なのです。


より具体的には身体内において陰陽論と五行論で展開されている法則の通りに気・血・津液や五臓六腑が機能している、充実している状態が健康な状態といえます。


病気を治療するためにはまず健康な状態を理解しなければなりません。その健康な状態を漢方医学(中医学)の視点に立って知るための出発点がこれから登場する陰陽論、五行論、気血津液論、そして臓象学説といった基礎理論なのです。


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陰陽論(陰陽学説)とは

このページで解説してゆく陰陽論(陰陽学説)とはこの宇宙に存在するすべての事柄は相対する陰と陽の2つに分けられるとする中国の古代哲学です。陰陽論は「すべての事柄」を網羅していると考えるので、人間に対してもその考えは適応されます。したがって、漢方医学(中医学)を知るうえで陰陽論は欠かすことのできない基礎理論なのです。


少し小難しそうですが、陰陽論の基本的な考え方は私たち日本人にとってそこまで理解し難いものではないと思います。まずは陰陽論のイメージから入ってもらい、漢方(中医学)の理論に結び付けて頂ければと思います。


陰陽論における陽と陰の分け方


まず陰陽論の考え方は上記の通り、この宇宙に存在するすべての事柄は相対する陰と陽の2つに分けられるというものです。無論、陽と陰は無秩序に分けられているわけではなく、一定のルール(ややアバウトで厳密なものではありません)があります。


まず陽は動的で発散性、陰は静的な収斂性のものがあてはめられます。より具体的に…

陽:天、火、昼、春と夏、男性、表面、上部、熱、軽い、浮上、乾燥、興奮、辛い
陰:地、水、夜、秋と冬、女性、内面、下部、寒、重い、沈下、湿潤、抑制、苦い

…という形で分けられます。


なお詳しくは気血津液学説のページで紹介しますが、身体を構成する要素の気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)・精(せい)において気は陽であり、それ以外の血・津液・精は陰に分けられます。しばしば気は陽気、血・津液・精は包括して陰液とも呼ばれるのはこのためです。


これら陽と陰の分け方は絶対的なものではなく、あくまでも相対的なものです。例えば男性は上記の通り陽に分けられますが身体における腹は陰で背は陽に当たります。さらに春や夏は陽ですが、春のある一日において夜は陰となります。このように陽と陰の要素をより細かく見てゆくとそこにはまた異なった陽と陰の要素が内包されており、分けてゆくことができます。これを陰陽可分(いんようかぶん)と呼びます。


大まかに陽と陰の分け方がイメージできたでしょうか。あまり堅苦しく考えずに「だいたいこの様なものか」程度の認識で大丈夫です。次からは陽と陰の間に存在する関係性について解説してゆきます。


陰陽の間に存在する法則


上記で挙げた陽と陰はいくつかの法則に従って存在していると陰陽論では考えます。その法則によって陽と陰はお互いに依存し合い、抑制し合うことによって両者が相対的に強弱を生じない、安定した平衡状態を維持できるようになっています。下記ではその法則をより詳しく見てゆきます。


陰陽互根(いんようごこん)とは

陰陽互根とは陽と陰は相互に依存関係があり、陽の要素は陰から生まれ、同じように陰の要素は陽から生まれることを指しています。したがって、気からは血や津液が生まれる一方で血や津液は気にも変化することになります。


上記の説明だけではわかりにくいと思いますのでより具体的に陰陽互根の具体例を挙げてみましょう。過労などの理由によって気が消耗された場合、最初は気が減少しますがやがては血や津液も減少してゆきます。これは気によって生み出されていたはずの血や津液が気の減少によって生まれなかったためです。逆に生理出血過多で血を失うと徐々に気も失われてしまいます。このようなケースはしばしば見られ、典型的な陰陽互根が関連した例といえます。


陰陽制約(いんようせいやく)とは

陽と陰の各要素はお互いに依存し合いながら牽制もしています。この陽と陰がお互い過剰にならないようにもう一方を抑制する働きを陰陽制約と呼びます。


陰陽制約による適度な相互抑制のおかげで容易に陽や陰の一方が過剰となることを防いでいるのです。このように身体内における陰陽のバランス、つまりは気・血・津液・精のバランスは陰陽互根と陰陽制約によって維持されているのです。このバランスの取れている平衡状態を陰平陽秘(いんへいようひ)といいます。


陰陽消長(いんようしょうちょう)とは

陰陽互根と陰陽制約の働きによって陽と陰の要素はうまくバランスが取れるようになっていると説明してきました。その一方で陽と陰のバランスは常に50:50の半々というわけではありません。陽と陰は上限と下限の範囲の中で波のように変動を繰り返しており、その動きを陰陽消長と呼びます。


陰陽消長のイメージとしては正弦波のように頂点を迎えたら下降し、底辺に達したらまた上昇して頂点を迎えるような規則正しい変動です。その際、陽が高まってくれば陰は低くなり陽が最高に達すると陰は最低の状態となります。


陰陽消長は1年のサイクルからも見て取れます。まず陽の視点から見てゆきましょう。熱は陽に属するので気温の上下と関連付けて考えると理解しやすいです。まず陽は春分から徐々に高まり夏至に頂点を迎えます。夏至から秋分にかけて陽は弱まり冬至で最低となり、再び春分に向かって上昇してゆきます。このような規則正しいサイクルが陰陽消長です。


なお、1年における夏至と冬至の二至は陰陽が転換する不安定なポイントであり、病気になりやすい時期でもあります。逆に春分と秋分は陰陽が調和の取れている安定したポイントで心身ともに健やかな時期となります。


陰陽失調とは


ここまでは陰陽互根や陰陽制約のはたらきによって維持されている陽と陰の正常な姿を簡単に説明してきました。ここからは陽と陰の平衡状態が崩れてしまった状態である陰陽失調について説明してゆきます。陰陽失調は身体における病的状態を大まかに理解するために重要です。


下記では陰陽失調の状態を4つに分けて考えてゆきます。まず陽と陰の要素に不足が生じた虚証(きょしょう)の状態。身体に害をもたらす病的存在がある実証(じっしょう)の状態。虚証と実証が混ざり合った虚実挟雑(きょじつきょうざつ)の状態。そして陽も陰も絶対的に不足した陰陽両虚(いんようりょうきょ)の状態です。


虚証

まずは虚証から解説してゆきます。虚証は陽と陰の要素、つまり気(陽気)の不足や血・津液・精(これらを包括した陰液)の不足した状態、または両方とも不足した状態といえます。陽気の不足した状態は陽虚、陰液の不足した状態は陰虚、陽気と陰液の両方が不足した状態を陰陽両虚と呼びます。


後にもう少し詳しく説明しますが、陰陽互根の考え方に基づいて気・血・津液・精の各要素は相互に依存し合っているために陽虚や陰虚が長引くと次第にもう片方も不足してゆき最終的には陰陽両虚に陥ってしまいます。


実証

実証は陽邪や陰邪などに代表される病的存在のはたらきによって陰陽のバランスが崩れた状態です。日本漢方における「実証」は「体力が充実していること」を示すのに対して中医学では「人体にとって有害な存在(病邪)が存在していること」を示しているので注意が必要です。


ここで登場した陽邪は熱邪、暑邪、燥邪といった熱性や乾燥性の性質を持つ病邪が含まれ、陰邪は寒邪、湿邪といった寒性や湿性を帯びた病邪が含まれます。これら病邪は身体外部からの影響、つまり感染症や気象条件といった要因で生じる場合、そして疲労や精神的なストレスによって生まれる場合があります(この病因に関しては後の項目で解説します)。


やや複雑になってしまいますのでここでは深入りしませんが、血が滞って起こる瘀血(おけつ)や気の滞りである気滞(きたい)もこの実証に分類されます。


虚実挟雑証

虚実挟雑とは虚証と実証が混ざり合った状態です。これは珍しいことではなく慢性的に体調を崩している方のほとんどはこの虚実挟雑証に陥っています。


その理由としては虚証が慢性化すると、もう一方の要素への抑制が効かず病的存在の台頭を許してしまいます。つまり実証になってしまいます(例としては陽が虚して陰が実する陽虚陰盛の状態)。逆に実証が慢性化するとそれがもう一方を傷つけてしまい、虚証になってしまいます(例として陽が実して陰が虚する陽盛陰虚の状態)。このように病状が慢性化すると多くの場合、虚証と実証が同時に現れてしまうのです。


陰陽両虚

陰陽両虚はその名の通り、陽も陰も両方ともが絶対的に不足した状態です。陽と陰は性質的に相反する要素でしたがお互いに変換されうる依存し合った存在でもありました(陰陽互根です)。したがって長い間、どちらかの要素が虚してしまうと次第にもう片方の要素も虚してゆきます。


逆にどちらかの要素が実している場合、もう一方が強い抑圧を受けてしまい次第に虚してしまいます。そして実している方も徐々に虚が進んで結果的には陰陽両虚に陥ってゆきます。


このようにどのような病的な状態であろうとそれを長期的に放置してしまうと陰陽両方の虚が進行してゆき陰陽両虚証となってしまいます。まださらに陰陽両虚をそのままにしてしまうと、陽も陰も失われた状態、つまり死に至ってしまいます。


陰陽論のまとめ


陰陽論は全体として抽象的でこれが実践においてどのように関わってくるのかイメージしにくいかもしれません。しかしながら、漢方医学(中医学)において最も重要な物質である気・血・津液もまた陰陽互根や陰陽制約といった法則下で存在しており、実証や虚証といった病態を理解するためにも陰陽論は不可欠です。


まずは簡単に陽と陰の間に存在する法則、気が陽、血や津液が陰に含まれること、気・血・津液にも陰陽論の法則が適用されること、虚証と実証の概念を抑えることが大切といえるでしょう。


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五行論(五行説)とは

このページでは五行論について解説してゆきます。この五行論は既に前項で述べた陰陽論に並んで漢方医学(中医学)の最も重要な基礎理論といえます。まず五行とは木(もく)・火(ひ)・土(ど)・金(きん)・水(すい)という5つの要素を指しています。五行論においては自然界に存在するすべてのものは上記5つの内でどれかの要素に属していると考えます。


五行論ではさらに木・火・土・金・水のそれぞれが持つ性質や相互関係を説明したものになります。特に五行同士の相互関係は漢方医学(中医学)における治療法にも直接的な影響を与えるため重要視されます。それではまず、五行の持つ性質を簡単に解説してゆきます。


五行の性質


木(木行)の性質

木には成長してゆく樹木のように生長、伸長、柔軟といった性質を持つ要素が属します。漢方医学(中医学)においては五臓六腑のうち、肝と胆が木に属しています。


火(火行)の性質

火には炎のように熱をもち上昇してゆく性質を持つ要素が属します。五臓六腑のうち、心と小腸が火に属しています。


土(土行)の性質

土は作物を育てる大地のように何かを生み出したり、受け入れたりする性質を持つ要素が属します。五臓六腑のうち、脾と胃が土に属しています。


金(金行)の性質

金は金属のように重厚感があり収斂性がある性質を持つ要素が属します。五臓六腑のうち、肺と大腸が金に属しています。


水(水行)の性質

水は川の流水のように潤したり冷やしたりしてゆく、下降性の性質を持つ要素が属します。五臓六腑のうち、腎と膀胱が水に属しています。


五行における相互関係


五行論において五行のそれぞれが持つ性質と並んで重要な要素に五行間の相互関係が挙げられます。その相互関係を示す相生(そうせい)・相剋(そうこく)、そして相乗(そうじょう)・相侮(そうぶ)を下記では説明してゆきます。なお、関係を把握するうえで こちらの図(ウィキペディアにおける「五行思想」のページ)はとても役立つので参考にしながら読み進めて頂ければと思います。


相生とは

相生とは特定の行の間に存在する促進のはたらきです。相生の関係において助ける側が母、助けられる方は子と呼ばれ、両者の関係は母子関係とも表現されます。具体例としては木の充実によって火も充実する関係の場合、木生火と表現されます。


木生火の他に火生土、土生金、金生水、水生木の母子関係が存在します。この順の通り、相生の関係はうまく循環していることがわかります。五臓に置き換えれば肝生心、心生脾、脾生肺、肺生腎、腎生肝となります。


相剋とは

相剋とは特定の五行の間に存在する抑制のはたらきです。しばしば相克とも表記されます。相剋の関係は抑制する側が祖、抑制される方は孫と呼ばれ、両者の関係は祖孫関係とも表現されます。上記の相生では母(親)が子供を育てる様子を五行の関係に当てはめていましたが、相剋では祖(お爺ちゃんやお婆ちゃん)が孫を抑えるという表現を用いているところに当時の家族関係が窺えます。


相剋の具体例としては木剋土、火剋金、土剋水、金剋木、水剋火となります。やはり相生の関係と同じように相剋の抑制のはたらきも循環していることがわかります。五臓に置き換えれば肝剋脾、心剋肺、脾剋腎、肺剋肝、腎剋心となります。


相乗とは

相乗とは相剋の病的状態であり、過度な抑制がはたらいてしまう結果として孫にあたる五行が弱ってしまうことを指します。相剋でも登場した祖孫関係で例えるなら祖母や祖父が孫を過剰に叱りつけて、孫が委縮してしまっている状態です。


ここで気を付けておきたい点として、既出の相剋はあくまでも適切な抑制であり、これは五行を維持するための正常なはたらきだということです。相剋とは異なり相乗は異常(過度)な抑制であり、相剋とは一線を画す病的な状態という点に注意が必要です。


相侮とは

相侮とは本来、相剋で説明した抑制のベクトルが、逆方向に抑制をかけてしまう病的状態を指します。相侮もまた相乗と並んで病的なケースといえます。


ややわかりにくいので五行における木と土を例に解説します。本来は相剋の木剋土、つまりは木が土に対して適切な抑制をかけています。しかし、何らかの影響で木の力が衰えたり、逆に土の力が過剰になってしまうと両者の立場が逆転して土が木を抑制してしまう、これが相侮の状態です。


漢方医学(中医学)において重要な五行関係


五行の間にはそれぞれ促進と抑制のはたらきが循環するように存在しており、非常に秩序だったものとなっています。その一方で現実的に五行の理論の通り、万物のはたらきを説明できるわけではありません。したがって、あまりに五行論に拘泥することは得策とは言えません。


しかしながら、五行論を空理空論とバッサリ切り捨ててしまうのも勿体ない話です。五行論の一部は漢方医学(中医学)において病能の理解や治療法の指針にもなりえます。ここでは漢方医学(中医学)において特に重要とされる2つの五行の関係を説明してゆきます。


肝乗脾(木乗土)について

五行論において五臓の肝は木、脾は土にあてはめられます。この二者関係、肝乗土の関係は精神的なストレスなどによって腹痛や下痢を起こしてしまう過敏性腸症候群(IBS)と関連が深いです。


肝のはたらきは後の臓象学説でより詳しく説明しますが、主に気の巡りを円滑にして他の臓の機能を助けています。脾は現代風にいえば消化や吸収といった消化器全体の機能をつかさどっています。肝は精神的なストレスを受けやすい臓であり、過度なストレスを受けてしまうと肝の脾に対する適切な抑制の仕組みが乱れてしまいます。つまり、肝が脾に対して過剰な抑制かけてしまいます。


そうすると脾(つまりは消化器)はうまく機能できなくなり下痢、腹痛、腹部の張り感といった過敏性腸症候群に特徴的な症状が現れます。したがって、漢方医学(中医学)においてこのようなケースでは脾の調子を整える生薬だけではなく、根本的な問題である肝をいたわる生薬も含んだ漢方薬を用いる必要があるのです。


脾生肺(土生金)について

上記で登場した通り、五行論において脾は土、そして肺は金にあてはめられます。両者において脾が母であり、肺は脾に助けられる子に当たる相生の関係です。漢方医学(中医学)における肺の役割は現代風に表現すれば呼吸に加えて、皮膚や免疫の機能維持が挙げられます。


この肺の機能が弱まってしまうと風邪にかかりやすくなったり、アレルギー性鼻炎、喘息、アトピー性皮膚炎などを患いやすい体質となってしまいます。それを改善するためには肺の力を補うことと並行して脾の力も向上させることが重要であり、効率的な治療が可能となります。


これは弱っている子(肺)の面倒を見ている母(脾)を助ける構図となります。育児中のお母さんに対する子育て援助が結果として子供の良い成長につながるようなものですね。このような治療法を培土生金法と呼びます。五行における相生の関係をうまく使った治療法といえます。


五行論のまとめ


五行論は陰陽論と並んで漢方医学(中医学)の基礎中の基礎といえます。その一方でこれらの基礎理論は思弁的になり過ぎている点も否定できません。しかし、上記で挙げたように五行論を通じて五臓の関係性の理解、病気の伝播予測、治療方針の決定などに力を発揮することも可能です。そのためにも決して疎かにできない大切な基礎理論です。


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気血津液論と臓象学説の概説

これまで陰陽論と五行論という漢方医学(中医学)において最も基礎的な理論ともいえる両論を簡単に説明してきました。ここからはより具体的に人体の仕組みを扱った理論である気血津液論(きけつしんえきろん)と臓象学説(ぞうしょうがくせつ)を取り上げてゆきます。


気血津液論と臓象学説は漢方医学(中医学)における生理学にあたる理論です。気血津液論と臓象学説の理解を通して健康な心身(正常な心身)とはどのようなものかを知ることができます。ここを出発点に病気の状態、特に慢性病とその改善方法へとつながってゆきます。


気血津液論と臓象学説は基礎理論から実際に漢方薬を運用するための懸け橋のような、極めて重要な存在です。したがって、知っておかなければならない重要なポイントが多いことにもなります。そこで両理論について本ページで概説を行い、次章以降でより詳しくその内容を掘り下げてゆきます。


気血津液論とは


気血津液論で扱う気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)とは人体を構成する最も基礎的な物質です。これら気・血・津液が充実し、円滑に巡ることによって五臓が機能し、心身は健康な状態となります。


同論ではこれら気・血・津液が持つ機能やその代謝について論じています。簡潔に表現すれば気血津液論は気・血・津液がどのようなはたらきを担っているか、それらがどのように生成され消費されるかを説明しています。下記ではまず、ざっとそれらのはたらきを説明してゆきます


気のはたらき

気は漢方医学(中医学)において最も重要なキーワードです。その一方で漢方医学(中医学)という限定された領域以外、日常生活においても「あいつは元気がない」や「気力が充実している」というように「気」という言葉はしばしば顔を出します。


実際、広辞苑において「気」については多数の説明がある中で「生命の原動力となる勢い。活力の源。」などと述べられています。漢方医学(中医学)において気には細かな役割がいくつも規定されていますが、気の役割は私たちがイメージするとおり「生命エネルギー」のようなものといえます。


身体に気が充実していれば身体は活発に動き、風邪などの病気にもなりにくく、いつも温かな状態が維持されます。下記で登場する血や津液も気の力で身体内を円滑に循環して各々の役割が充分に発揮できる環境が整います。このように気は人間が生きてゆくうえで最も大切な物質といえます。


血のはたらき

血のはたらきは身体を栄養してゆくことです。血が充実していれば五臓六腑が担っているはたらきが円滑に機能し、心身ともに壮健で安定した状態となります。漢方医学(中医学)における血のイメージは全身を栄養するという点で西洋医学的な血液と比較的似ているかもしれません。


その一方で漢方医学における血は精神活動の安定にも寄与しており、この点は西洋医学的な血液の役割と大きく異なっています。ちなみに一般的に「血」は「ち」と呼びますが、漢方医学(中医学)においては「けつ」と発音されることが多いです。


津液のはたらき

津液は身体内における血以外の水分のことを指し、その充実によって身体は潤いや柔軟性を与えられます。充分な津液が身体に満ちていれば肌、喉、眼、髪などはみずみずしい状態となります。しばしば津液は水(すい)とも呼ばれ、意味としても津液と同じように扱われます。日本漢方においては気・血・津液よりも気・血・水という呼び方の方が一般的です。


気・血・津液の生成


人間の生命維持のために必要な気・血・津液は主に食べ物と飲み物の摂取によって生み出されます。ここではこれら気・血・津液がどのような工程を経て生み出されてゆくのかを解説します。この解説の中にはどうしても後述する五臓六腑の話も入ってきてしまうので、まずはざっと読み進めて頂ければと思います。


気の生成

それではまず、気が生まれる流れを見てゆきたいと思います。私たちは日頃、食べ物や飲み物を摂取し、呼吸をすることで生きています。漢方医学(中医学)的に説明すると、摂取された食べ物や飲み物は脾(ひ)において水穀の気(栄養素の塊のような存在です)となります。


この飲食由来の水穀の気と呼吸によって大気から取り込まれた清気(せいき)が結合することで気が生まれます。気は血や津液に先立って生まれることになります。


生まれた気は脾から肺(はい)に移され、そこから全身に散布されてゆきます。その後は肝(かん)の力によって気の運行はコントロールされ、上記で紹介したような能力を発揮し、消費されてゆきます。このように飲食と呼吸によって生まれる気を後天の気と呼びます。


「後天の気」があれば「先天の気」も存在します。人間は誕生する際、両親から精(せい)という物質を受け継ます。精は生命エネルギーの結晶のような存在であり、腎(じん)に蔵されています。この精から生み出される気が先天の気と呼ばれるものです。生まれつき体力が充実している子は親から充分な精を受け継いだと漢方医学では解釈します。


血の生成

気の次は血の話に進みます。血は脾で生まれた気が土台となって生まれます。脾で生成された気の一部は脈中(血管のようなものです)に進み、心(しん)のはたらきによって赤く変色します。そこから心の力と肝のコントロールによって全身を巡り、栄養してゆきます。血は気の栄養する力が凝縮されたものとも考えられます。


津液の生成

最後の津液もまた脾で生まれます。摂取された食べ物や飲み物は脾で水穀の気となり、その中の液体成分が津液となります。生まれた津液は肺へと運ばれ、三焦(さんしょう)という通路を通って全身に散布されてゆきます。


気血津液論のポイント


気・血・津液は人間が生きてゆくうえで欠かせない物質です。これら気・血・津液が充分に存在し、スムースに身体内を巡っていれば後述する五臓などがしっかりとはたらき、心身は健康な状態が維持されます。


換言すれば気・血・津液が不足したり、充分にあってもうまく巡らなかったりすれば病気の状態となってしまいます。これらの不具合を改善してゆくのが漢方薬の重要な役目となります。そういった点から、気・血・津液のはたらきや次章以降の気・血・津液に絡んだトラブルを理解することは重要です。


臓象学説とは


臓象学説とは身体内の五臓六腑のはたらきを説明したものとなります。五臓とは肝(かん)・心(しん)・脾(ひ)・肺(はい)・腎(じん)を指します。さらに六腑とは胆(たん)・小腸(しょうちょう)・胃(い)・大腸(だいちょう)・膀胱(ぼうこう)・三焦(さんしょう)を指しています。

既に述べたとおり人間が生きてゆくうえで気・血・津液は必須の物質であり、それらは飲食を通して生み出されました。これら気・血・津液が生み出されるのは五臓六腑が協調してはたらいているからであり、さらに五臓などが気・血・津液を消費することで生命維持が行われています。下記では五臓六腑、各々のはたらきを見てゆきましょう。


肝と胆

肝は漢方医学(中医学)において気・血・津液の巡りをコントロールしている司令塔のような存在です。特に気と血の巡りに強く関係しており、これらの流れを調節するはたらきを疏泄(そせつ)と呼びます。それ以外にも血をためたり、感情の安定化にも貢献しています。


肝は五行論における木に属し、六腑のうち胆と表裏の関係(臓が裏なので肝が裏)を築いています。胆は飲食物の代謝を助けたり、肝と協調して精神活動を支えています。肝は筋肉や眼のはたらきも調節しているので、肝の不調はこれらの不調にもつながります。


心と小腸

心は漢方医学(中医学)において血を全身に送り出す「ポンプ」としてのはたらきに加えて高度な精神活動(思考、分析、判断など)や意識の維持をつかさどっています。ポンプとしての機能は西洋医学的な心臓と同様ですが、後者の役割は漢方医学(中医学)独特のものがあります。


心は五行論における火に属し、六腑のうち小腸と表裏の関係を築いています。小腸は胃から降りてきた飲食物の糟粕(残りカス)から主に水分を再吸収します。さらに心は舌、つまり味覚や発声にも関係しています。


脾と胃

脾は漢方医学(中医学)において気・血・津液を生みだす中心的な臓であり、人体における「工場」のような存在です。くわえて気や津液を心や肺に送ったり、血が脈外に出ないように(出血しないように)するはたらきも担っています。


脾は五行論において土に属し、六腑のうち胃と表裏の関係を築いています。胃は飲食物の消化を通して脾の機能をサポートしています。そして脾は口、手足、肌肉(きにく)の動きや機能を支えています。登場した肌肉は肺と関わりが深い最表面部の皮毛と肝との関わりが深い筋肉の間に位置します。


肺と大腸

肺は漢方医学(中医学)において呼吸や気と津液の巡りに深く関与しています。呼吸によって大気から清気を取り入れ、脾から受け取った気や津液をシャワーのように全身に散布してゆきます。体表に散布された気は病邪を跳ね返す「バリア」としても機能します。


肺は五行論において金に属し、六腑のうち大腸と表裏の関係を築いています。大腸は排泄に関係しており、この点は西洋医学的な考え方と同様です。他に肺は人体において再表面の皮毛、鼻や喉と関係が深いです。


腎と膀胱

腎は漢方医学(中医学)において精の貯蔵、排尿などを介した水分代謝を主に担っています。精は上記の「気の生成」の項目でも登場した生命エネルギーの結晶のような存在であり、気血の生成や成長・発達・生殖に関与します。水分代謝に関して有効利用できる津液の循環を肺と連携して行います。さらに不要な水分を尿として排泄します。


腎は五行論において水に属し、六腑のうち膀胱と表裏の関係を築いています。膀胱は腎と共同して排尿を行います。腎は耳、そして外陰部と肛門と関連が深いとされています。腎が健全であるなら(腎に精が充分に貯蔵されているなら)聴力は維持され生殖活動や排泄が滞りなく行われます。


五臓六腑の名称における注意点


上記で五臓六腑のはたらきを簡単に解説してきました。ここで注意(確認)が必要なのですが、これまで見てきた通り漢方医学(中医学)における肝・心・脾・肺・腎は西洋医学における肝臓・心臓・脾臓・肺・腎臓とは全く異なった存在(概念)であるということです。会社の健康診断で肝機能が弱っていると指摘されても、決して漢方医学(中医学)における肝の不調と関連はありません。


その逆も同様で、漢方医学(中医学)における肝の不調が見受けられたとしても、西洋医学的な肝機能の低下や肝炎の可能性が高まっているわけではありません。くれぐれもこの点は間違えないようにしてください。


五臓六腑と気血津液の関係性


ここまで気・血・津液と五臓六腑のはたらきについて説明してきました。ここではこれらの関係性についてまとめてみたいと思います。

気・血・津液は身体を構成し、さらにそれ自体が特有の機能を持つ、生命維持のための最も基本的な物質でした。これら気・血・津液は五臓六腑の有機的な共同作業によって、飲食物の摂取と呼吸を通じて生まれました。生成された気・血・津液は五臓などに送られ、肝・心・脾・肺・腎の各々のはたらきを行うための資源として消費され、新たな気・血・津液を生産します。


これでわかるように人体は気・血・津液と主に五臓六腑の連携によって成り立っています。詳しく紹介しきれませんでしたが、三焦(さんしょう)や奇恒の腑と呼ばれる脳や骨なども生命活動には必須です。しかしながら、やはり「主役」は気・血・津液と五臓六腑です。


漢方医学(中医学)から見て健康な状態とはどのようなものかを知るために気血津液論と臓象学説は必須の理論です。ここから出発して健康ではない状態、つまり病気(主には慢性病)の状態を知ることが初めて可能となるのです。次章からはより詳しく、気血津液論と臓象学説をそれらが関連した異常も含めて解説してゆきます。


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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

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