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わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説

肝(かん)と胆(たん)とは

肝(かん)のはたらき


漢方(中医学)における肝の主なはたらきは気・血(けつ)・津液(しんえき)の巡りをコントロールすることです。特に気と血の巡りに強く関係しています。これらの流れを調節するはたらきを疏泄(そせつ)と呼びます。それ以外にも肝は血をためたり、精神状態の安定化にも貢献しています。他にも肝は眼、爪、筋肉のはたらきやその状態を支えています。


肝の異常


肝において起こる代表的な異常として肝気鬱結(かんきうっけつ)、肝気横逆(かんきおうぎゃく)、肝血虚(かんけっきょ)、肝陰虚(かんいんきょ)、肝陽上亢(かんようじょうこう)、肝陽化風(かんようかふう)、血虚生風(けっきょせいふう)、肝火上炎(かんかじょうえん)、熱極生風(ねつきょくせいふう)、寒滞肝脈(かんたいかんみゃく)、肝胆湿熱(かんたんしつねつ)などが挙げられます。肝のトラブルは刻々と変化するものが多く、他の臓腑とまたがった問題も起こりやすいので、その内容はやや複雑です。


肝気鬱結(かんきうっけつ)とは

肝は五臓六腑(ごぞうろっぷ)のなかでも精神的なストレスの悪影響を受けやすい臓です。強いストレスを継続的に受け続けると肝の気や血を巡らすはたらきである疏泄がうまくゆかなくなってしまいます。結果的に疏泄が失調してしまうと気滞(きたい)や瘀血(おけつ)が起こってしまいます。


肝気鬱結の具体的な症状としてはイライラ感や気分の落ち込み、過度な緊張、ヒステリー、喉のつまり感、胸苦しさ、腹部の張り感、女性の場合は生理不順や生理痛といった症状が現れやすくなります。肝気鬱結の状態が長引くと肝に蓄えられている血が消耗してしまい、肝血虚(かんけっきょ)や肝陰虚(かんいんきょ)も進行してしまいます。


肝をいたわる漢方薬の多くには柴胡(さいこ)と芍薬(しゃくやく)という生薬が含まれています。柴胡は気の巡りを改善する力に優れ、芍薬は不足した肝の血を補うことで失調した肝の状態を回復させます。


柴胡と芍薬を含む代表的な漢方薬には逍遥散(しょうようさん)や加味逍遥散(かみしょうようさん)、四逆散(しぎゃくさん)、柴胡疎肝湯(さいこそかんとう)などが挙げられます。これらの漢方薬は精神状態を安定させ、イライラ感や不安感を緩和する力に優れています。


肝気横逆(かんきおうぎゃく)とは

肝にトラブルが起きると他の臓腑にも悪影響が及びます。特に肝が不調に陥ることで気の巡りが悪くなると、その影響を最も受けてしまうのが脾(ひ)と胃です。脾と胃は消化器全般のはたらきを担っている臓腑です。


したがって、肝が不調に陥ると二次的に食欲不振、吐気や嘔吐、胃や腹部の痛み、下痢や便秘といった胃腸障害が起こりやすくなります。この状態を肝気横逆(かんきおうぎゃく)と呼びます。西洋医学的には神経性胃腸炎や過敏性腸症候群の多くに肝気横逆が絡んでいるといえます。これらはストレスの強さにくわえて日頃から胃腸がデリケートな方が陥りやすいので注意が必要です。肝の異常はこの他にも数多く存在しますが、これら肝気鬱結と肝気横逆はもっとも遭遇することの多いトラブルといえます。


肝気横逆を改善する漢方薬は逍遥散(しょうようさん)、四逆散(しぎゃくさん)、小柴胡湯(しょうさいことう)、大柴胡湯(だいさいことう)などが代表的です。


肝血虚(かんけっきょ)とは

肝血虚とは肝に供給される血や肝に蓄えられている血が不足している状態を指します。この場合、肝のみの血が不足しているわけではなく、全身的な血が不足している上で肝の血虚がより顕著なケースを指しています。肝血虚の具体的な症状としては眼精疲労、視力低下、まぶしさ、めまい、立ちくらみ、爪や肌の荒れ、抜け毛、筋肉のけいれん、こむらがえり、ひきつり、生理不順などが挙げられます。


肝血虚を改善する漢方薬は四物湯(しもつとう)や八珍湯(はっちんとう)などが代表的です。基本的に肝血虚に対しては一般的な血虚にもちいられる漢方薬が使用されます。


肝陰虚(かんいんきょ)とは

肝陰虚とは肝血虚の状態にくわえて津液も不足している状態を指します。血と津液は気の持つ熱性を適度にクールダウンするはたらきがあります。その機能が低下することによって相対的に熱性が増してしまったのが肝陰虚です。肝陰虚の具体的な症状としては手足のほてり感、寝汗、口の渇き、ドライアイなどの症状が肝血虚の症状に加わります。


肝陰虚はしばしば、腎陰虚(じんいんきょ)と併発することがあり、その状態を肝腎陰虚(かんじんいんきょ)と呼びます。肝腎陰虚に陥ると肝陰虚の症状にくわえて腰や膝の重だるさ、頭のふらつき、記憶力の低下などが現れます。


肝陰虚を改善する漢方薬は六味地黄丸(ろくみじおうがん)、肝腎陰虚もみられるようなら杞菊地黄丸(こきくじおうがん)が適しています。症状によっては肝血虚にもちいられる四物湯(しもつとう)などとの併用も考えられます。


肝陽上亢(かんようじょうこう)

肝陽上亢とは肝陰虚にともなって現れる上半身(特に頭部)を中心とした不快症状が顕著な状態を指します。肝陽上亢の具体的な症状としてはめまい、ふらつき、耳鳴り、頭痛、顔のほてり感、眼の充血、イライラ感などの症状が肝陰虚の症状と重複して現れます。


肝陽上亢を改善する漢方薬は釣藤散(ちょうとうさん)、杞菊地黄丸(こきくじおうがん)、七物降下湯(しちもつこうかとう)、加味逍遥散(かみしょうようさん)などが代表的です。


肝陽化風(かんようかふう)とは

肝陽化風とは上記の肝陽上亢(つまりは肝陰虚)がさらに進行したものです。肝陽化風の具体的な症状としては激しいめまい、頭痛、手足のふるえやしびれ、筋肉のけいれん、ろれつが回らない、症状が重い場合は半身不随、歩行困難、顔面神経麻痺なども起こることもあります。


肝陽化風を改善する漢方薬は釣藤散(ちょうとうさん)や抑肝散(よくかんさん)などが代表的です。肝陰虚の症状も顕著な場合は上記の漢方薬に六味地黄丸(ろくみじおうがん)、や杞菊地黄丸(こきくじおうがん)との併用も考えられます。


血虚生風(けっきょせいふう)とは

血虚生風とは肝血虚が進行したために筋肉のはたらきや肌の状態などを維持できなくなっている病能を指します。血虚生風の具体的な症状としては筋肉のひきつり、無意識下でのピクピクした筋肉の動き、手足のふるえやしびれ、肌の乾燥とかゆみ、肌の青白さ、眼精疲労、眼のかすみなどが挙げられます。


血虚生風のなかで筋肉系のトラブルに対しては七物降下湯(しちもつこうかとう)、肌のトラブルに対しては当帰飲子(とうきいんし)などが代表的です。


肝火上炎(かんかじょうえん)とは

肝火上炎とは主に肝気鬱結が長期化したことで現れる病態であり、上半身を中心に激しい症状を特徴とします。肝火上炎の具体的な症状としては強いイライラ感、暴力的な怒り、激しい頭痛、突然の耳鳴りや難聴、めまい、眼の充血、不眠などが挙げられます。肝火上炎はしばしば肝火旺(かんかおう)とも呼ばれます。


肝火上炎を放置していると悪影響が心(しん)や肺(はい)にも伝わり、心肝火旺(しんかんかおう)や肝火犯肺(かんかはんはい)の状態に陥ります。心肝火旺の症状としては焦燥感、じっとしていられない、動悸、不眠症などが肝火上炎の状態に加わります。心と肝は両方とも精神状態の安定化に貢献しているので、それらの失調は精神症状をより深刻なものにしてしまいます。


肝火犯肺の症状としては黄色くて粘り気のある痰をともなう咳が肝火上炎の状態に加わります。肝の疏泄作用は肺の呼吸も手助けしているので、その失調により上記のような炎症性の呼吸器系症状を起こしてしまいます。


肝火上炎や心肝火旺を改善する漢方薬は竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)、三黄瀉心湯(さんのうしゃしんとう)などが代表的です。肝火犯肺には神秘湯(しんぴとう)や柴朴湯(さいぼくとう)などがもちいられます。


熱極生風(ねつきょくせいふう)とは

熱極生風とは肝火上炎などを放置して熱性の症状がさらに悪化した状態を指します。熱極生風の具体的な症状としては高熱、突然のけいれん、白目をむく、意識障害などが挙げられます。熱極生風は西洋医学的には熱性けいれんに該当すると考えられます。


熱極生風を改善する漢方薬には黄連解毒湯(おうれんげどくとう)や杞菊地黄丸(こきくじおうがん)の併用、または牛黄(ごおう)製剤などがもちいられます。しかしながら、現実的には西洋医学的治療を優先すべき状態といえます。


寒滞肝脈(かんたいかんみゃく)とは

寒滞肝脈(かんたいかんみゃく)とは肝の支配している気血の通り道である経絡(けいらく)に寒邪(かんじゃ)が侵入している状態を指します。寒滞肝脈の具体的な症状としては胸や脇腹、側腹部、鼠蹊部や陰部(股の周辺部)に沿った痛みや冷え、男性の場合は陰嚢や睾丸の痛みなどが代表的です。これらの痛みをともなう症状は寒邪(つまりは冷え)によって気や血の流れが止められてしまったことで起こります。


寒滞肝脈を改善する漢方薬は当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)や温経湯(うんけいとう)などが代表的です。


胆(たん)のはたらき


第2章で登場した五行論において肝は木に属し、六腑のうち胆と表裏の関係(臓が裏なので肝が裏)を築いています。胆は飲食物の代謝を助けたり、肝と協調して精神活動を支えています。このように基本的に胆は肝のサポート役といえます。


肝胆湿熱(かんたんしつねつ)とは

肝胆湿熱(かんたんしつねつ)とは身体内で生じた湿熱(しつねつ)が肝や胆が支配する経絡を伝って膀胱(ぼうこう)や経絡上に問題を起こす状態を指します。肝胆湿熱の具体的な症状としては胸や脇腹、側腹部、鼠蹊部や陰部(股の周辺部)の湿疹や痛み、食欲不振、吐気や嘔吐、下痢や便秘、男性の場合は陰嚢の湿疹や睾丸の腫れ、女性の場合は色のついた臭いの強い帯下(おりもの)などが挙げられます。


肝胆湿熱を改善する漢方薬は竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)や茵陳蒿湯(いんちんこうとう)などが代表的です。


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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)