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わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説

治則(ちそく)・治法(ちほう)と弁証論治(べんしょうろんち)

前節では漢方(中医学)における病者の診断結果である証(しょう)を、いかにして決定するか解説してきました。本ページではその証をもとに具体的な治療方法をどのように組み立ててゆくのかを説明してゆきます。


治則(ちそく)とは


治則とは導かれた証に対して実際に治療を行う上でのルールといえます。具体的には症状によって治療の優先順位をつけたり、病者個人の置かれている状況に合わせて治療法を変えてゆくことなどが治則に含まれています。ここからは代表的な治則である治病求本(ちびょうきゅうほん)と三因制宜(さんいんせいぎ)について説明します。


治病求本(ちびょうきゅうほん)という大原則


漢方(中医学)において病気は症状とそれを引き起こす本質(つまりは原因)があると考えます。治病求本とは病気を治療するためには本質を探し求めなければならないという意味です。換言すれば現れている症状に対応する対処療法だけでは病気の治療になっていないことを示しているのです。なお、漢方(中医学)では対処療法のことを標治(ひょうち)、根本的な治療のことを本治(ほんち)と呼びます。


治病求本の原則は「当たり前ではないか」と感じられるかもしれませんが、その実践は意外に難しく、そして忘れられがちな点だとも思います。下記では治病求本を目指すための3つのアプローチを解説します。


急則治標(きゅうそくちひょう)

急則治標における「標」とは病気によって起こっている症状のことを指します。特にこのケースでは現れている症状が激しく、致命的になりかねないものです。したがって、急則治標とは根本治療はいったん先送りして急性の激しい症状の治療を優先させる、まずは対処療法である標治を優先させることといえます。


緩則治本(かんそくちほん)

緩則治本とは急則治標の逆パターンです。緩則治本とは現れている自覚症状がそれほど強くない場合は標治を行わず、根本治療である本治を優先させるというものです。無論、本治が済めば現れている症状も消えてゆきます。


標本同治(ひょうほんどうち)

標本同治は根本治療と対処療法を同時並行で行うというものです。「同時並行」といっても多くの場合、本治と標治が半々ではなくどちらかにウエイトを置くことが多いです。


三因制宜(さんいんせいぎ)とは


三因制宜(さんいんせいぎ)は漢方の特徴や考え方をよく表現した治則といえます。三因制宜(さんいんせいぎ)は因時制宜(いんじせいぎ)・因地制宜(いんちせいぎ)・因人制宜(いんじんせいぎ)という3つの治則をまとめたものです。


因時制宜(いんじせいぎ)

因時制宜とは季節の変化に合わせて治療法を変えてゆくという治則です。気候の変化は身体に大きな影響を与えますので、使用される漢方薬も四季に適したものに変えてゆく必要があります。特に日本の場合は夏期の湿度が高いため、この時期は水分代謝を促進する生薬を含んだ漢方薬が多くもちいられます。


因地制宜(いんちせいぎ)

因地制宜とは患者の住んでいる地域の気候や生活環境によって治療法を変えてゆくという治則です。同じ日本においても日本海側と太平洋側、北海道と沖縄では日常的な気候も異なりますので、その点を治療に反映させることを説いています。漢方においては身体とそれを取り巻く環境は密接に関連し合っていると考えます。この思想は因地制宜と因時制宜の両治則においても貫かれています。


因人制宜(いんじんせいぎ)

因人制宜とは患者の年齢・性別・体質・生活習慣・病歴などを考慮して治療法を変えてゆくという治則です。具体的には胃腸が弱い方には消化器に負担がかかりやすい地黄(じおう)や麻黄(まおう)といった生薬を含んだ漢方薬を必要であってもすぐにはもちいない、夏でも職場が冷えている方には身体を冷やす漢方薬は避けるなどといったものです。他にも女性は月経で血(けつ)を失いやすいので、男性よりも血を補う漢方薬の使用を日頃から意識します。


治法(ちほう)


漢方(中医学)における治法、つまり病気の治療法はとてもシンプルなものです。それは病邪が存在するならそれを除き、不足しているものは補うというものです。具体的には扶正(ふせい)、袪邪(きょじゃ)、そして扶正袪邪(ふせいきょじゃ)という3つに治法に集約されます。実際の治療は上記の治則と照らし合わせながら行われることになります。



扶正(ふせい)

扶正(ふせい)とは病気の原因が何らかの不足である場合、それを補うことを指します。「何らか」とはすでに第3章で登場した気・血・津液(しんえき)・精(せい)のことです。扶正は虚証に対する治療法といえます。


袪邪(きょじゃ)

袪邪(きょじゃ)とは病気を起こしている存在(病邪)を取り除くことを指します。病気を起こすものとしては六淫の邪(ろくいんのじゃ)や病的産物である気滞(きたい)・瘀血(おけつ)・水湿(すいしつ)が挙げられます。袪邪は実証に対する治療法といえます。


扶正袪邪(ふせいきょじゃ)

扶正袪邪とは上記で登場した扶正と袪邪を同時に行うこと、つまり、不足しているものを補い、身体にとって有害なものを取り除くことを一緒に行うことを指します。しばしば扶正袪邪は攻補兼施(こうほけんし)とも呼ばれます。


扶正袪邪は珍しいものではなく、むしろ一般的にもちいられるものです。この理由として病気は多くの場合、虚証と実証が混ざり合った虚実挾雑(きょじつきょうざつ)の状態であるからです。


たとえば気虚に陥ると外邪から身を守る衛気(えき)も低下してしまいます。そうなると風邪や寒邪の侵入を容易に許し、虚実挾雑となってしまいます。その他にも気虚から瘀血や水湿が生まれてしまうこともしばしばです。


弁証論治(べんしょうろんち)とは


復習になりますがこれまでにざっと、四診(ししん)をもちいた情報収集、弁証法を駆使した証の決定、そして治則を考慮した治法の決定を解説してきました。漢方においてこのような診察から治療までの一連の流れを弁証論治と呼びます。第2章から第5章までの基礎理論は弁証論治を実施するための土台であり、すべては弁証論治のために存在するといっても過言ではありません。次章からは治療にもちいられる具体的な漢方薬について解説を行ってゆきます。


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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)