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わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説

中医学とは

中医学、新興勢力の台頭


日本において「漢方」の流派といえば古方派、後世方派、そして折衷派でした。近年、この中に中医学(ちゅういがく)が含まれるようになってきました。肌感覚としては1990年代頃から急速に台頭してきたと感じます。


やや復習になりますが、日本の伝統医学である漢方医学の源流は紀元前200年から紀元後200年頃に中国で生まれた黄帝内経、神農本草経、そして傷寒雑病論(傷寒論と金匱要略)にさかのぼります。継続的に中国から日本へ輸入された中国伝統医学は時代とともに「日本化」され、江戸時代頃には現在まで続く漢方医学の姿はおおむね完成されました。


その一方、中国においても中国伝統医学は姿を徐々に変え、今日では中医学と呼ばれる医学が成立しています。日本の漢方医学は明治時代に瀕死の状態に追い込まれましたが、中国伝統医学もまた西洋化の流れから存亡の危機に立たされました。


しかしながら、毛沢東の意向で中国伝統医学廃止の危機は回避され西洋医学と並び国定医学としてカリキュラムや専門の大学が整備されました。その結果として生まれたものが中医学です。


つまり、中医学と漢方医学は古代中国で同じ母親(中国伝統医学)から生まれた姉妹のような関係なのです。一方で長い年月を経て両者は似て非なるものとなってゆきました。下記ではそのような中医学の特徴をソフト面、そしてハード面から紹介してゆきます。


中医学のソフト面の特徴


中医学の大きな特徴に日本の漢方医学と比較して理論をとても重視する点が挙げられます。中国では公的に統一されたテキストをもとに学習されているので、当然といえば当然です。テキストを製作する上で理論的な矛盾や無理があるという指摘はありますが、明確に公式な見解がある点では日本の漢方医学と異なります。


これは決して日本の漢方医学に全く理論がなく、行き当たりばったりの治療を行っているという意味ではありません。あくまでも相対的な視点に立っての話です。しかしながら、江戸時代に活躍した吉益東洞(くわしくは漢方医学を築いた先人たち(3))が陰陽五行論を否定したように、漢方医学は形而上学的な基礎理論よりも実践的な治療技術を追及する傾向にあります。


その代表例が方証相対(ほうしょうそうたい)と呼ばれる日本漢方独自の診断と治療を統合したシステムです。方証相対においては病者の呈している症状(証)からダイレクトに治療に用いられる漢方薬(方剤)が決定されます。これだけではとても分かりずらいので下記で具体例をもとに解説してみます。


【ここにとある病気の人がいます。この人は急に強い寒気がして身体が震え、肩がこわばり頭痛もします。汗はあまり出てはいません。その他の目立った症状はまだありません。】


日本の漢方医学の場合、これは葛根湯証にあたるので治療には葛根湯が用いられます。なぜ葛根湯を用いるのかと問われれば「この病人は葛根湯証であるから」というトートロジーのような回答になります。傷寒論によれば上記の【急に強い悪寒がして~】以下は葛根湯を用いれば治るということ知られています。つまり、呈している症状と治療する漢方薬がすぐに結びつくのです。


漢方医学は上記のような文献上の知識に加えて、先人が積み重ねてきた経験を由来とする口訣(方剤を使用する上での重要なポイント)、体力レベルや病気の深度といった中医学と比較して簡略化された理論などを土台として方証相対を運用しているのです。


一方で中医学は趣が異なります。中医学的には【急に強い悪寒がして~】以下の諸症状からこの人は六淫の邪のなかの寒邪を受けたと考えます。そして寒の邪は消化器系症状や呼吸器系症状が無いのでまだ深くは侵入しておらず表寒・表実証(表寒実証)であると確定できます。表寒・表実証の治法は辛温解表剤であり、辛温解表剤のひとつが葛根湯です。したがって、この病者には葛根湯が用いられることになります。


上記のように、症状の診断・証の確定・治法の決定・方剤の投与を一体的に行うことを弁証論治(べんしょうろんち)と呼びます。具体例は単純なケースでしたが、もし病者が複雑な慢性病であると気・血・津液の過不足や五臓のどこに問題があるのかなど複数の理論を経て弁証論治が行われます。


見ての通り、日本漢方の場合はとてもシンプルであり実践的な治療スタイルともいえます。しかし、その途中で健康とは何か、病気の状態はどのような状態であるのか、病気を起こす原因はどのようなものであるのかといった定義付けや基礎理論がやや疎かになった面は否定できないでしょう。


この漢方医学における方証相対と中医学における弁証論治という治療シークエンスの違いは両医学のソフト面の特徴を端的に表しているといえるでしょう。


中医学のハード面の特徴


中医学においても漢方医学においても治療には植物・動物・鉱物を由来とする生薬を組み合わせた方剤を用いることは共通しています。(より厳密には両医学とも方剤以外に鍼灸なども治療に用います)一方でその使用量や種類は大きく異なります。


一般的に中医学で用いる生薬量は日本の漢方医学の2~3倍くらいが普通です。漢方医学では煎じ薬に用いる生薬の総重量は1日量が15~30gくらいの範囲に多くが収まります。一方の中医学では50gを超えるような方剤がしばしば登場します。当然、薬効成分もそれに比例して多くなっているでしょう。このような大きな差が生まれた理由は複数指摘されています。


最初の理由としては生薬の一大産地が中国とその周辺国であり、産地と消費地が近いので大量の生薬供給が容易であった点です。一方の日本の場合、一部は国産の生薬もありますが多くは輸入に頼ってきました。大昔は命がけで船を用いて輸送される場合も多かったでしょう。必然的に「節約」は避けられず、治療には必要最小限の量が用いられることになったと考えられます。


上記以外に大陸の中国人と島国の日本人では体格や体質が異なり、その結果が生薬の使用量に反映されているという説もあります。近年、西洋薬を中心に人種によって薬物を分解する能力の差、薬物代謝酵素の人種間の差があることがわかっています。基本的に単一成分の西洋薬と複数の薬効成分を含む漢方薬との比較は難しいですが、一定の説得力を持つ説といえます。


さらに生薬の加工方法の違いに着目した説もあります。中国の生薬市場には昔から偽物の生薬が多かったので、あまり細かく生薬を切断すると本物か偽物かの鑑定が困難になってしまいます。結果的に中国において生薬は鑑定が可能なレベルの大きめの裁断が一般的になりました。そうなると一定重量当たりの表面積が低下し、抽出効率もまた低下してしまうので多めの生薬が必要となったという説です。


生薬の使用量だけではなく、使用される生薬の種類が多い点も中医学のハード面の特徴といえます。諸説はありますが中医学で用いられる生薬の種類は約3000種類ともいわれています。一方の漢方医学は200~300種類が生薬専門の卸問屋から手に入れることが可能です。


この差の原因はやはり中国が生薬の一大産地であることに間違いないでしょう。膨大な生薬が身近にあれば使用できる量や種類が多くなることはとても自然な流れです。その一方でテキストには載っているけれど、実際に使用するケースは少なかったり皆無であるような生薬も少なくないでしょう。実際に中医学において用いられる方剤を構成する生薬は日本の漢方医学で頻用されるものと極端な差はない印象です。


中国が生薬の産地という理由以外に、根本的に中医学では方剤に対する捉え方が日本と大きく違っている点も大きく影響しているでしょう。漢方医学、特に日本漢方の主流派である古方派は傷寒論や金匱要略に載っている方剤の内容を堅守する傾向にあります。つまり、生薬を加えたり減らしたりすることをあまり行わないのです。


方証相対の核は方剤の特徴や運用のコツといった情報を充分把握しておくことです。患者の呈している症状とそれらの情報とを照らし合わせて、最も適している方剤が治療に用いられます。したがって、方剤はほぼ固定されているので200処方程度を構成する生薬以外のバリエーションをあまり必要としないのです。


中医学の場合、一定の決まった「型」はありますが基本的には患者に合わせて生薬をひとつひとつ選び、オリジナルの方剤を完成させてゆくことになります。治療者自身が患者に合わせて方剤を組み立ててゆくので、多くの種類の生薬が扱えた方が便利であることは言うまでもありません。結果的に中医学ではより多種類の生薬が用いられるようになったと考えられます。


中医学と日本漢方の優劣は?


上記のように中医学と日本漢方は原点を同じ中国伝統医学としながらも、時代とともに異なる進化を遂げてきました。ここで誰しも気になるのが両医学の優劣です。この点はしばしば漢方業界でも論争になる難しいテーマです。


日本において中医学派は漢方医学を「古典に拘泥して進歩を忘れている」と批判し、漢方医学派(この中にも多くの流派はありますが…)は中医学を「理論を振りかざして偉大な先人の築いた医学から乖離している」と訴えます。両者の言い分も的外れではない分、いくら議論をしても答えは出ないでしょう。


しばしば使用する生薬量も多く、生薬の種類も豊富な中医学が勝っているという論調を目にします。たしかに中医学は「完全オーダーメイド方式」といえるので、患者により適した方剤が用いられるともいえます。


その一方で漢方医学において日常的に用いられる方剤も200種類以上あります。2つの方剤を併用するなどすれば、かなりの数になるでしょう。今日、日本の漢方医学において用いられている方剤は歴史的な経過で日本人にフィットする方剤たちに収斂されている結果とも考えられます。


さらに漢方医学が歴史の中で積み重ねてきた口訣は日本人の文化社会的な背景も含めて構築されてきたものです。文化が異なれば症状の表現方法や生活習慣に密接した病因の傾向も異なります。したがって、日本に生きる日本人に対する治療経験の集積は中医学を含めた別文化で育まれた医学にはないホームアドバンテージといえます。


そういった観点から、個人的に実際の治療において中医学と漢方医学の間に大きな差はつかないのではないかと考えています。いつの時代、どの地域においても中医学や漢方医学に限らず、その道において卓越した治療者の施す治療は優れたものなのではないでしょうか。


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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)